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大森一樹は医師免許を持つ異色な監督!嫁(妻)や息子娘の家族構成は?

映画監督の大森一樹さんがお亡くなりになりました。

 

大森一樹監督作品と言えばゴジラシリーズが浮かびますが、吉川晃司主演3部作や斉藤由貴主演3部作、またSMAPの『シュート』など、アイドルの作品も多く手掛けられ、幅広い年齢層に受け入れられていました。

そんな大森一樹監督は医師免許を持つ映画監督という珍しい経歴もお持ちで、そのプライベートはあまり知らない人も多いのではないでしょうか。

 

そこでこの記事では【大森一樹は医師免許を持つ異色な監督!嫁(妻)や息子娘の家族構成は?】としてリサーチします。

この記事でわかること

・大森一樹の医師免許について
・大森一樹の家族構成について
・大森一樹の略歴

大森一樹は医師免許を持つ異色な監督!

大森一樹監督は兵庫県芦屋市育ちで、医師の家に育っています。

つまり、実家が医院をされていて親が医師だったと思われ、裕福な家庭でお育ちなのではないでしょうか。

 

大森一樹監督自身も京都府立医科大学医学部卒業し、医師免許を持っていることから、一時は医師を継ごうと考えていたのかと思いきや、医学部受験の傍ら高校時代から既に自主映画の製作も行っていたと言うので驚きです。

 

大森一樹監督は1983年に医師国家試験に合格し、医師免許も取得しています。

おそらくその関係で、82年~83年は1本も映画を撮っていないのですが、逆に言うとその年以外は常に作品を生み続けていました。

 

もはや映画監督としての道が確立されていそうですが、医師免許を取得したのには何か事情があったのでしょうか?

大森一樹監督が医師免許を取得しながらも映画の道に進まれたことで、実家の家族との間で揉め事が起きたと言う事も無さそうですし、ご家族も大森一樹さんの映画監督としての生き方を応援されていたのだろうと思われます。

大森一樹の嫁(妻)や息子・娘の家族構成は?

大森一樹監督の家族については全くと言って良い程、情報が見つかりませんでした。

 

ですが、今回の大森一樹監督の訃報と共に、葬儀の喪主を妻の聖子さんが務めたと報じられた為、大森一樹監督は結婚されていて、嫁(妻)の聖子さんがいらっしゃることがわかりました。

大森一樹監督の年齢は70歳とまだ若かった事を思うと、嫁(妻)の聖子さんもその年齢に近く、まだまだお若いのだと思います。

 

もしも息子さんや娘さんなどお子様がいらした場合、息子さんや娘さんの年齢は40~50代と言う所でしょうか。

お孫さんがいらっしゃる可能性もありますね。

 

もしかしたら、息子さんや娘さん、お孫さんなど、誰かが医師になられているなんてこともあるかもしれません。

大森一樹の略歴

大森一樹監督の作品は映画からドラマで大変多くに渡りますが、一部をご紹介します。

17歳で監督・脚本・撮影・編集の全てを自分自身で行い、初作品『革命狂時代』を完成。
1973年、映画自主上映グループ「グループ無国籍」を結成し、サークル内での映画製作に熱中。20歳の時には3本もの作品を同時に完成させる早撮りぶりだった。
1975年、自主映画でありながら『暗くなるまで待てない』がキネマ旬報ベストテンの21位に入るなど高評価。
1977年、新人脚本家に与えられる「城戸賞」を受賞すると、翌年には受賞作である『オレンジロード急行』で商業映画監督としてメジャーデビュー。
1980年、自身の医学部在学体験を元に最初のブレイク作品となる『ヒポクラテスたち』が公開。
1981年、中学校の先輩である村上春樹原作『風の歌を聴け』を映画化。
1984年、『すかんぴんウォーク』で主演に吉川晃司を抜擢。
1986年、『恋する女たち』で日本アカデミー賞優秀脚本賞・優秀監督賞をダブル受賞し、商業的にも作品的にも大衆的な評価を確固たるものとした。
1987年、『トットチャンネル』では黒柳徹子さんのテレビ黎明期を描き、芸術選奨新人賞を受賞。
1989年84年に復活したゴジラシリーズの新作を監督。
1991年、ゴジラ最大のライバル復活作品となった『ゴジラvsキングギドラ』が大ヒット。
1990~2000年、SMAP主『シュート!』や人気番組誕生した『ナトゥ 踊る!ニンジャ伝説』など1年に1本以上の上映。
2005年、特撮映画『劇場版 超星艦隊セイザーX 戦え!星の戦士たち
2010年、群像劇『世界のどこにでもある、場所
2011年津軽百年食堂

まとめ

今回は【大森一樹は医師免許を持つ異色な監督!嫁(妻)や息子娘の家族構成は?】としてまとめました。

大森一樹監督はゴジラシリーズを初め、多くの作品を手掛けられた映画監督でありながら、医師免許を持つ異色の学歴をお持ちでした。

また、プライベートなことはほぼ公表されていませんが、実家は医院をされていたとのことで、もしかしたらその道を継いでいる子供さんやお孫さんがいる可能性もありますね。

大森一樹監督が、多くの作品を残し若くしてお亡くなりになってしまったことが残念でなりません。

謹んでお悔やみ申し上げます。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。