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根本宗子の母親は何者?娘の性格や6年間の車椅子生活にも神対応!

根本宗子さんは劇作家・演出家・脚本家・女優と多才なうえ、若くしてを劇団”月刊「根本宗子」“を旗揚げするなど、とてもエネルギッシュな方ですよね。

 

根本宗子さんは母親の影響で3歳の頃から歌舞伎を観に行くなど、演劇には幼少時から馴染みがあったようです。

…というのも、根本宗子さんの母親は故・中村勘三郎さんの奥様と親友なんだそうです。

 

根本宗子さんの母親は”ただの一般人じゃないの?何者?”って感じちゃいますよね。

根本宗子さんの独特な性格や、不慮の事故で6年間もの車椅子生活を余儀なくされた時など、母親としてどう接してきたのかも気になります。

 

そこでこの記事では【根本宗子の母親は何者?娘の性格や6年間の車いす生活にも神対応!】として、根本宗子さんの母親についてリサーチします。

この記事でわかる事

・根本宗子の母親は何者?
・根本宗子の母親は娘の性格や6年間の車椅子生活にも神対応!

根本宗子の母親は何者?

根本宗子さんの母親と故・中村勘三郎さんの奥様の波野好江さんは親友で、東洋英和女学院で出会ったのではないかと推察します。

根本宗子さんの母親と波野好江さんが親友となるきっかけとして、学生時代の同級生という可能性を考えました。

 

波野好江さんの学歴を見てみると、情報らしい情報は見当たらないのですが、『東洋英和女学院から桐朋短期大学』という噂があるようです。

東洋英和女学院と言えば、根本宗子さんの出身校です。

 

ということは、根本宗子さんのお母親も東洋英和女学院出身と仮定して、自身の母校に娘の根本宗子さんも通わせた可能性が生まれました。

根本宗子さんの母親と波野好江さんはよほど親しいようで、家族ぐるみの付き合いがあり、根本宗子さんが演劇の道へ進むきっかけをつくったのも故・中村勘三郎さんだったそうで

 

根本宗子さんの母親は芸能関係者でもなく一般の方のようですが、故・中村勘三郎さんの奥様とこんなに長く親しくするほど気が合ったのでしょうね。

根本宗子さんの母親は一般の方とは思えない人脈を、根本宗子さんに繋げられています。

根本宗子の母親は娘の性格や6年間の車椅子生活にも神対応!

根本宗子さんの母親の行動に、子供を育てるにあたり”素晴らしいな”と感じた神対応がありました。

・娘の性格に付き合う
・娘に不安を見せない
・娘を過剰に扱わない
・娘の意見を尊重する

ひとつづつ見ていきますね。

娘の性格に付き合う

根本宗子さん曰く、根本宗子さんは『勉強嫌い集中できない屁理屈こき質問魔』な子だったそうです。

親としてはどれをとってもついイライラしてしまいそうなことばかりですが、根本宗子さんの母親はちゃんと向き合ってくれたようです。

 

勉強嫌いな娘を見張っていてもなかなかはかどらないと思えば、ちびまる子ちゃんの人形でまるちゃんを演じ、「宿題やったー?」と喋りかけてみたり、出来たら好きなシールをあげたりと工夫してくれたそうです。

 

集中力のない質問魔な根本宗子さんに「どうしたらママみたいに絵が上手くなるの?」と聞かれて「とにかくたくさん描いた。字も絵もたくさん書けば上手くなるよ。」と答えても、一向に取り掛かれない、長続きしない根本宗子さん。

私は好きな漫画の絵を真似するところから始めたよ」と、好きなちびまる子ちゃんを書く事を勧めたり、「これを重ねてなぞって練習したら?」と薄紙を渡してみるたり、とにかく頭ごなしではなく、子供の性格に寄り添う様な教え方をされていたようです。

娘に不安を見せない

根本宗子さんの実家は不動産業をされていて、「わりかしといいお家だった」とのことです。

しかし根本宗子さんが中1の頃に父親の仕事がダメになった事や、怪我をした根本宗子さんの治療の為に大変な時期があったようです。

 

思うようにいかない時、不安な時、何かと余裕がなく子供にもあたってしまい兼ねませんよね?

ですが、根本宗子さんの親はそんな時でも観劇はさせてくれたのだとか。

どんな状況の時でも、普段と変わらずいることは難しいですが、子供としてはそれだけで安心感が得られますよね。

娘を過剰に扱わない

根本宗子さんは不慮の事故で6年間も車椅子の生活を余儀なくされました。

親としては不憫に感じたり、ついつい甘やかしてしまうことがあるかもしれません。

 

根本宗子さんも怪我をして車椅子生活が始まってからは、通学をはじめ、どこに行くにも母親に車で送迎してもらう必要がありました。

しかし根本さんの母親には昔、脳外科で大手術を受けた経験がある為「世の中には娘より大きな病気を患った人は大勢いる」との考えがあり、過度に病人扱いをしなかったのだそうです。

根本宗子さんは、母が自分よりも強くいてくれたことがプラスに働き、自身の人格を形成したひとつの要素だと思いとても感謝しているそうです。

娘の意見を尊重する

高校卒業後の進路について、母親は「大学を出ておけば演劇で失敗しても就職先がある」と進学を勧めたそうですが、根本宗子さんは大学に4年通うのなら、演劇に自力で4年没頭した方が得策だと判断し、19歳で劇団「月刊『根本宗子』」を旗揚げしました。

親が子供の限界を決めつけてしまったり、良かれと思ってレールに誘導してしまう事ってありますよね?

ましてや大それたことを始めるとなると不安で見ていられないかもしれません。

 

ですが根本宗子さんの母親にはそのような事は無く、常に娘の思いを優先し、応援してくれている印象です。

このように、根本宗子さんの母親からは親としての神対応を見せられている思いがします。

 

根本宗子さんの恋愛も、親としては心配すぎることもあったと思われますが、動じず見守っていたのかもしれませんね。

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まとめ

今回は【根本宗子の母親は何者?娘の性格や6年間の車椅子生活にも神対応!】としてまとめました。

根本宗子さんの母親は一般の方と思われますが、故・中村勘三郎さんの妻の波野好江さんと親友だったことで”ただの一般人じゃないな、何者なの?”と感じました。

 

根本宗子さんは母親のおかけで観劇が習慣となり、演劇の道に進む大きなきっかけに繋がっています。

また、根本宗子さんの母親には、子供を育てるうえで見習いたい要素が沢山見受けられました。

 

様々な困難を乗り越え根本宗子さんの活躍が見られる今、ご両親も感慨深いものがあるのではないでしょうか。

これからも多くの作品に出会えることを楽しみにしています。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。